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力と勁

2013年8月21日

 生れ付き力がある人間のことをいつも羨ましく思っています。何故かというと自分の幼少期はかなり弱く、何とか力をつける為に小さい時からの筋トレがかなり厳しいものでした。当然、本業である太極拳も欠かさずに練習して参りましたが、太極拳の練習ではあまり、力が付いて来ません。それもそうですね。弱者の拳法ですもの。ただ、当時の私は「太極勁」も身に付いている訳でもないし、他に戦える拳法が即座で使える訳でもありませんでした。幼少期の私は10年文化革命に重なり、動乱がなかなか収まらないアジアの王国は街角で背が高い男性が殴り合いをしている風景は日常茶飯事でした。1980年代にかの有名な「少林寺」という映画も手伝って、武術は中国大地を覆いました。その時に「相撲型推手」も若者の間で流行りだしていて、自分も力の為に体を鍛えていました。力がないと推手も不利だと言われていた時代でした。
 30歳過ぎ当たりに若干の「太極勁」が習得していたが、時は平成で私はこの治安が世界一に良い東京におりました。勿論、その時から筋トレはしていません。誰とも戦うことがないですし、個人で数人のプロの推手教学では殆ど力がいりませんね。唯一の力技ではおそらく太極槍になりますが、日本では重い槍先もなかなか手に入りませんし、長い「白蝋の棒」もお高いですね。中国にある18キロのステンレスの竿で出来ている槍は空輸出来ません。やむを得ず2メーター位の槍に鉛でも巻いて重くしています。
 だが、力と勁は基本的に誓いますが。かつての少林大師「海灯法師」は指を軽く挿しただけで硬い石がきれいに割れていましたが、力ではなく少林勁になります。現在、私のところで推手を学んでいる方々が言っている、時々足が浮いてしまう一瞬があるとのことは、太極勁の中の「粘勁」です。自分の体をふにゃふやひねることとは違いますよ。親友の形意拳先生の動画を拝見していると正に「出手如钢锉、落手如钩竿」の如く、凛々しい形意勁が伝わってきます。ただ、力ではないですね。
 いつも、色々な方よりきかれますが、中国功夫の「勁」とはどういう意味ですか?と
 難しい質問ですが、太極勁に於いては「合理的なパワー」というふうに説明しています。他の拳法では私は門外漢です。それぞれの伝統功夫の先生に聞けばきっといい答えが得られます。一つだけ言えるのは「勁」は力ではありません。
 写真:若い呉公儀、呉公藻。馬岳梁

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