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人間(第五章)

2013年11月21日

人間は思想で支えられていることは近代社会の人間学でも深く研究されています。どのような人間でも思想または主義の元で生きているはずです。原始的な日々の三食の飯も極端に申し上げると単純な拝金主義の一種になります。人は自分の生活の為に貨幣を求めることは太古の昔から生存する手段として伝わってきましたが、と同時に人間の貪欲と言うものも数千年の間に段々と昇格してきました。これの代表的な例はとして有名な話しだが世界財産の半分位が数人のユダヤ人に握られていることが判明しています。その次はおそらく中東の石油諸国でありましょう。GDPの三本指である米国、中国と日本はその方々から見れば大したことがないことが今日の経済学者だったら誰でも知っていますね。
 およそ、どの思想も主義も金銭がバックで支えていることに違いがないはずです。政治団体から宗教団体迄、一つの共通理念や信念の元で色々な人間が集まると社会にも大きな影響を与えます。一例を申すとラテインの国々はキリスト教の天下で神父さんが法務省にお願いすれば、不法滞在外国人の保釈やビザの取得もかなり簡単になります。これは一つの団体が社会に対する影響力でありますね。政治理念が国家お支配する國も数多く存在していますが、中国のように一党独裁の國も世界で数ヵ国あります。当然、一つの団体を経営に当たっては金銭的バックアップが必要ですが、一党独裁の國では露骨に言うとお金が集まりやすいわけですが、他党政権の國でも例えば不当な税金では大きい団体の収入を壊滅的な打撃を与えています。ドイツでは「宗教税」の導入で多くの人が教会籍を抜き、キリスト教の総収入が連年減少してきました。國も団体もお金が必要ですが、大衆の感情を無視したお金集めでは人間的知恵で交わされることも実に多いです。人間ってお金に関してはかなり賢いものですよ。
 金銭で得られる思想的人間像とそうではない場合がありますが、これは当然のように今日に至る迄世界の偉人たちの業績を振り返えて見なければ語れないことです。かつての田中角栄元総理の名言ですが、「何故、皆が俺の元に集まるのか?金があるからよ・・・」と、実に露骨に金銭的人間像を描いていますね。日本の政治は本当に沢山のお金が動きますが、先日もまた、選挙で金銭取引が発覚し議員辞職の一幕がありましたが、かつても政治家金銭問題で幾度も政権を揺るがしたことがありました。隣の中国だっといくらお金があってもあの政権を転覆することは至難の技でありましょう。だが、思想家は必ずしもお金で自分の理念を通すこととは限りません。宗教団体では無償に貧しい人々に食料を与えていて、対した信者獲得も出来ていないですが、数人が入信したにしても教会に与える維持費は実に微々たるものです。その偉人たちはこのような行動で天の国が約束されていると固く信じている為、自分のすべてを貧しいものに差し出しているだけの話しであって、このような非金銭的人間像では、近代社会の人々にはあまり歓迎されないことが明白であります。金銭的貪欲はもはや近代人の代名詞でもあり、人生数十年の間ではもはや金銭との付き合いで埋まってしまいそうです。
 大極思想は柔和のように感じてしまうが実は人間的堕落を心身ともに引っ繰り返そうとしている古典哲学でありますが、と同時に太極思想はかなり無関心なところもございますね。大極思想は自分自身の修練と仲間との間での修練結果を重視していますが、他所の思想や拳法では殆ど無関心の数千年を経てきました。数千年の間では漢民族の太極拳家元では「門外不出」が基本で、父から子へと伝授していましたが、伝統太極拳内容の紛失もかなり酷い状態です。だが、近代人である私から見たところでは、封建社会的な閉鎖社会を引っ繰り返すことが近代太極思想にとって最も大事な一歩になるかも知れないですね。

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