「お前は馬鹿だ……」とのような罵声がこの瞬間に聞こえているような気がします。「俺はもう10数年も太極拳やってるぞ…、あたしも8年だわ…」とか、「それよりあなたは誰だ…」とか、当然のように連盟に属していない太極拳はヤブ医者や無免許医者のような存在ですね。私が住んでいる地域だけでも50人近くの連盟指定の専任教師がいらっしゃいます。当然、連盟の免許を所持しています。(非国家免許)だが、日本に太極拳の国家試験がない限り、資本主義社会である自由社会では言論の自由があり、相手様に傷つきさえしなければ自己主張は日本に住んでいれば可能になります。そして、本日、私が敢えて初歩的な話しをさせて頂くたく存じ上げたのが他でもなく、インターネットがもたらしてくれた便利さにより、皆様の太極拳を常に知らされている関係で思わぬ皆様がやっている太極拳について心配になったからです。多くの方がネットで「今日も太極拳やりました…、肩が痛い…」「昨日も太極拳、でも腰が痛い…」「膝が痛い…」のような発信は多くないでしょうか。ということで皆様(自分をも含む)がやっている太極拳は必ず正しいとは限らないでしょう。国民性によって行きつけの教室や飲み屋と言う文化はいかにも日本人らしいです。私もいつの間にか行きつけのレストランを持つようになりましたね。でも、例えばそのお店に味が急に落ちてしまったら私はそのレストランをやめてしまいますね。太極拳教室もそうなるのではないでしょうか。
これで自分の太極拳練習法を堂々と語る勇気が湧いてきました。
太極拳練習では一番難しいとされていることは毎日の練習です。今日は何もせずに明日だけは5時間も練習することは勧められません。そして、毎日、ほぼ同じ練習量が良いとされております。これは私が決めた事ではなく、かつて幼少期から太極門に入ってからほぼこのような日々が続いて来ました。遡っていくと数百年前の道教での太極拳では、毎日決まった時間に太極拳や気功の練習をしていましたね。私の研究会に在籍しておる方で出社する前に太極拳の練習をする習慣で生活が変わったと私に話してくれました。厳しいスケージュルに強いられている近代人に対して定時性の太極拳練習は要求しませんが、少なくとも毎日のように練習するものは私の流派で勧められています。毎月1回2回の楽しみ太極拳は逆に体に良くないです。
そして、あちらこちら「痛い」との問題です。これは太極拳練習の時にお尻を上げると腰が痛くなるです。開合を行っていれば背中や肩の痛みがなくなります。片足を蹴り上げる時に軸足を立たなければ膝の痛みが無くなります。(減点されるが)私は今、自分の顔をぶっているところですが、何故このような大サービスをする必要があるのでしょうか?殆どの人が聞いてくれないのに…。
まあ、いいか。一人でも聞いてくれる方がいれば本日の「よもやま話し」は無駄ではありません。
そして太極拳中級者の方々にも少し話しがございます。多くの方は太極拳を学問として理解しようと考えていらっしゃるのですが、太極拳創始者である張三豊師は画家の山下 清さんと同じく分裂病とされていることから、少なくとも張師は何かの硬い理屈で太極拳を創造したとは到底考え難いです。謂わば、なんとなくの世界ですね。張師以前の古太極拳もあまり理論に拘っておらず、単純な動きを繰り返し練習するだけであります。実際に自分を含む数人の長い間太極拳を修練し続けてきた者の体験では、このように単純な動きを何十年も繰り返ししていれば、早かれ遅かれ「太極勁」が身につきます。ああ、気が遠くなるよ……鬱陶しいな……( >Д<;)( >Д<;)……と言われると、
いつもサービスし過ぎる私のやり方がいいかどうかを考えてしまいます。
でも、立場的にはこれからもこのようなサービスを提供し続けるつもりです。例え一人でも聞く人がいればそれで良いです。