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旧 太極拳よもやま話

解釈の違い

2014年3月29日

 この話題はおそらく、世界ですべての分野に存在するものです。武道や武術でも論外ではないことは今日の沢山の武に関する流派が存在していることから簡単に認識出来ると思います。流派が出来るとなると、一般的には解釈の違いが一番大きな原因ですが、近代化が進む中で人間同士による喧嘩別れや個人差により継承内容の違いなどからも新たな流派が生まれています。勿論、改革家や革命家によって新たな流派も生まれていますし、国民性からの違う解釈で新流派の誕生も私的には嬉しい限りです。解釈のことを考えると人間本能的な違いと世界観の違いで別れている為、結構難しい学問のようなものですね。

 現在では宗教と医学しか使われていないラテン語ではこのような言い回しがありました:Et eadem summa,Tu ne quaesieris, et日本語だっとおそらく、「話と同、共に求めず」になるでしょう。古代中国でも「君子和而不同」との名言が残されていますが、こう見ていると和と同はまるで陰陽五行の中の水と火の歓迎のようですね。ならば、「相生相克」は人間関係で申すと互いの解釈の違いをいかにして互いの利益を損なわない大前提で互いに認め合うことが大事のような気がします。

 中国伝統武術では人を倒す為に色々な手段を使いますが、これも流派にとって現れ方も大分違います。手を合わせたらまず相手の骨を折ってしまう武術もあれば、内勁で内蔵を破壊してやっつけてしまう武術は内家拳の中で昔ではかなり多かったです。太極拳の中でも力ずくで相手の関節を決めてしまう流派もあれば、内勁で相手をコントロールして僅かに相手の重心を崩しただけで勁を戻す流派もあります。それぞれの生き方によって違う解釈があって、これこそ自然界と人間界の基本です。和と同はそれぞれの自己管理で限りなく融和に近い状態になることを心より願っています。

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