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人間(第四章)

2013年11月15日

人間をテーマーに書くことはいい加減に止めたほうがよいと家族も言っておりますね。この世界で人間のことに触れることは実に難しいですね。だが、人間様との付き合いは人間としての基本中の基本です。人間関係が上手くいかないとその人間は同格とは言い難いでありましょうね。人によっては人間失格と言ってしまうこともありますね。
 でも、考えてみると人間と人間が橇が合わないこととは互いに責任があることはもはや否定出来ない事実であり、責任の割合はそれぞれの問題で違ってもこの世には完璧な人間がいないことから、人間同士の様々な事件も結果的には人間の不完全さからくることは間違いありませんね。
 人間は自己中心的であることは一般的には地球上に生息する手段とも言われる位に大事のようです。中国語でも「人不為己、天殊地滅」との強い言い方がございます。謂わば、己を中心に考えなければ、滅ばされるとのです。そして、この世に於いて人の為に尽くす人は当然のように褒め称えられますね。中国の文化革命の中で雷峰という人物を学ぼうとの運動があり、雷さんは人の為に自分を尽くす良き人間として知られていましたが、後に巷の噂によると、どうも国が作り上げた架空の人物だったらしいです・・・。まあ、文化時代では珍しくない話しですが、この世に良き人間が本当に存在するのかと当時の中国の真夏の夜ではエアコンの普及率が低く、ベランダに香取線香を焚いて暑さを忍んでいた頃の議論の話題にもなっていましたね。
 後に私が来日し、友達が出来た頃は日本人の真似をして居酒屋でお酒を飲みながら色々な話しをすることも時々ありましたが、何故かこの日本国の酒のあとも「良き人間は存在するのか」と、中国の巷の時間つぶしの雑談と殆どかわりませんでしたね。良き人間は本当にこの世に於いてこれ程少ないようでしたら、皆が良き人間を真似すれば世界が変わるのではないかと私は思ってしまったのですが、でも、考えてみると自分という人間は誰よりも多くの欠点を抱えていて、人様に良き人間になりなさいとばっかり願うことは実に言語道断でありましょう。そうおもうようになった人は誰でも諦めてしまいますよね。悲しいですが、人間のリミティーションという言い方で片付けて於きましょう。
 これで、若き私は暫く事項嫌悪に陥ることになりました。未熟な自分は何故、人の為に尽くせないのかと毎日のように考えることになって、命の電話のボランテイアや山谷ホームレスボランティアを履行し、何とかして人の為に役だとうと奮闘しましたね。これで、人を助けたのか、これで人に尽くせたのかと、振り返りして考えるとこの位の行動で世間を変えるはやっぱり出来ませんでした。まあ、若者の誰でもこのような夢を見たことがあると思いますが、人間と人間が本来、合わないように地球上で組まれていることが悟る迄は人生の中でも実に時間がかかる話しでございますね。
 人様に合わせて行動することは自我の犠牲であり、人間的覚悟や生涯学習をしていかない限り限りなく不可能に違いです。ならば、生涯学習をすればよいのではないだろうかと、この位のことは誰でも簡単に口にしますね。先般の四方山話でも言及したことですが、人間は遊び好きな動物です。詰まらない人間力学習よりも何かを遊んでいればよいですね。武道も極める為ではなく、面白いからあそんでみようとか、興味があるからとかで、実際にやってみると体力消耗が凄いことがわかった時点では、体が楽な武道へとはしってしまうのでしょう。勿論、武道の以外の世界も同じですね。人によっては仕事も遊び感覚でこなしている近代人もおりますね・・・。
 私は自分の太極拳研究会の男性の方が仕事お行く前に一時間の練習をするということを聞いた時は感動して本当に泣きそうでしたね・・・。

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