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人間(第一章)

2013年10月31日

 このテーマを数回にわたって書きたいと存じますが、連載ではなく、今後少しずつ書いて行きたいです。勿論、読者の皆様のがこのテーマについての投稿も大歓迎でございます。私は太極拳を専門分野で研究し修練をし続けている者です。この「人間」というテーマでは当然のように太極拳関係の色々な人間像が出てきますね。勿論、太極拳以外の人間模様も書いてみたいです。
 本日は久し振りに妻と近くの和食で夕飯を食べたのですが、知人のレストランですので、お酒を飲まなくても大歓迎です。そして、毎回のように沢山の酔っ払いが回りで大声を出したり、呂律が回らない会話も耳に入ってきますね。居酒屋で酒を飲まないことも私という変人の趣味の一つでございます。なかなか、変わっているでしょう。飲むことは嫌いではないですが、体のことを考えるとなるべく飲まないようにすることは、つい最近数年のことでございます。そして、和食レストランだっと食事だけでもよいとのことで最近、嵌っていますね。勿論、人様の会話を聞くことは非道徳的であることが分かっておりますが、声があまり大きいのでどちらかというと向こうが私に色々なこと聞かせてくれましたね。
本日は上司の方がベロンベロンで呂律が回らない状態で二人の部下に延々と意味不明なことを聞かせていました。二人の部下がただただ、頭を下げながら「はいはい」と言い続けていました。私はその時自分の話し方を分析し、太極拳教学の時にもしかして話しが長い過ぎないでしょうかと、これは自分の人生のモットーをしています。嫌なことを見てしまう時、常に自分をチェックしています。自分が似たような傾向はありますでしょうか。
 正直に申すとこの世には完璧な人間は一人もいないです。これは心理学者も科学者も、宗教学者もほぼ同じことを申していますね。わたくしと言う雑学者も同感です。限界がある人間だからこそ、無限の可能性があり、常に自分自身のチェックを行っていれば人様にとっては常に魅力的な人間になることは不可能ではないと、私は誰よりも信じています。日本語で「三つ子の魂・・・」と言いますし、中国では「三つから八つ、八つ子の・・・は・・・」と申していますが、これは結果的に人間の堕落で自己に対するチェックが長い間怠ってしまうことであり、結果的にチェックしない人間は当然のように自分の欠点や弱さの程度は益々根が深くなる一方です。
 そして、近代社会はいつも忙しく、自己のチェックや採点をする時間がないとも言われています。そして、今日という一日を忘れる為にはお酒の力を借りますね。よく言われているのは、酒の席で話したことは次の日になって引っ張り出すことをしないとのことですが、いかに信憑性に低い話しであることがわかります。ならば、お酒を飲むなとは申し上げませんが、飲む時間を少し短縮して、自己のチェックに当てたらいかがでしょうか。
 話しは変わりますが、太極の世界も同じです。太極拳も人間みたいに無限の者ですが、ならば常にチェックをしないと本来、太極が持つ様々な人間に対するメリットが全くないことになります。太極では流派の優劣というものは基本的にありません。基本を守っていれば太極的メリットや相乗効果は誰にでも均等的に与えられるはずです。基本中の基本ですね。張三豊太極拳論、王宗岳太極拳論はきちんと解釈して、和訳されていますでしょうか。中国唐の時代で李道士が民間に伝わってきた太極拳のどの流派も一度は王宗岳の弟子の将髪氏が伝授した「太極法説」が継承されているはずです。これはご自分の太極をチェックする手段ですね。そして、もう一つの手段が推手です。推手では太極拳の足りなさがかなりわかりますよ。それぞれの太極拳はその人間そのものです。そして、太極拳論は人間学にかなり近いものがありますね。

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