中国武道家との14年間の葛藤" /> 中国武道家との14年間の葛藤 | 呉式太極拳研究会

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中国武道家との14年間の葛藤

2013年8月24日

 私は12歳から呉式太極拳第3代目である呉英華と馬岳梁の二名による太極拳の指導を受けてからは実に中国で色々な武道家の方と出会ってきました。中には太極拳という分野ですので、各外家拳の大先生よりの差別もかなり御座いましたし、中には挑戦を申し込む方もかなりいらっしゃいましたが、こればっかりは師馬岳梁が一人で悉く跳ね返しました。でも、これは幼い私にとっては実に大きな葛藤で武道の為に武道という界隈を不信感でさえ感じておりました。例えば、武士と武士の間の問題は武力でないと解決出来ないのでしょうかと、その時は中国が文化革命の真っ只中で、武力闘争は日常茶飯事でしたが、行政や地方政府は武力闘争での不利を避ける為、自動小銃まで配っていました。実際、こう言った銃乱射で犠牲になった人は数多くいましたね。当時は法律らしい法律がなく、刑法があっても実施する機構が大変乱れており、犯罪に対する量刑もかなりのばらつきがありました。伝説によると共産党員であって罪を犯した場合は10年間の実刑を免れることも可能だとか・・・。この大変な時期の一部分と重ねた中国武道界も基本道徳が薄れ、武力で自分の利益を守ることは横行していました。人を怪我したり、死なせたりしたら田舎へ暫く隠しておけば済んでしまうわけでしたね。警察は短い間しか立案しない為、殺人などの犯罪はかなり簡単に逃れていました。
 当時の武道家ですが、貧しいご出身であれば、武道を公園などで教えても何の問題もなかった為、一部分の武道は社会に残されていました。呉式太極拳呉英華と馬岳梁は社会的に立派な身分を持っていたし、国民党時代の不動産も手伝って、典型的な資産階級ですね。これだけで公けに太極拳を教えることが禁じられました。公けに教えていなくても挑戦者は後を絶たないですが、呉は体が弱くて、挑戦と聴くと体が震えることもありましたが、馬はいつも相手の重心を一瞬、軽く浮かしておいて自分の太極勁の凄さをほんの少し見せたところでおよその者は忽ちこの場を退くのですが、この一瞬の重心喪失が鈍感な体で感じない物も何人かいましたが、当然のように10数メーターまで飛ばされてしまう始末でございます。
 当時の武道家達は本当に無意味な戦いや意地の張り合いをしていました。実際、師馬岳梁は武道を公けにお教え出来ないので、縄張りも何もないですが、当時の武闘派武道家達は誰かを倒したことで有名になることを望み、人様の命をないがしろにしていました。実際、彼らは当時、生まれ立ての競技太極拳を見て、「これは年寄りの体操だと」一応、武道の基本がわかっているわけですのでこのような発言は当然といえば当然ですが、太極拳の有名な人間への挑戦は実に無意味で社会的常識が欠いていました。馬岳梁師は日々の修練でなんとか応対し続けておりましたが、たて続きの挑戦を受け命を落としてしまった伝統太極拳名人もいました・・・。実に悲しいですね。
 武道の為の武道は人様に何の益ももたらせないでしょう。
 人様を生かす武道、学生や弟子と共に進化する武道家であれば、武道も社会に著しい進化の浪に流されることなく、先進社会と共存することが出来ます。
 そうではなければ、武道と言うものはいずれ、地球から消える日は来ますね。

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