旧 太極拳よもやま話 未分類

不安と潜在能力

2013年11月29日

 人間はじつに色々な分野でかなりの不安と恐怖を感じた時に、不思議に普段だっと絶対不可能な信じいられないことが出来てしまいます。後ろに猛獣が追ってくると高い壁を乗り越えたとか、強い敵が現れると命懸けで抵抗するとか・・・。つまり、いつもと違う環境下に置かれると人間はその異変を察知して、体の一部の細胞や神経、または色々な身体的要素でもって反応してしまいます。時折、これは自分がいつも無意識の間に決めていた所謂限界というものを遥かに超えるものでもあります。動物もそのようですね。後ろに虎に追われていた鹿が普段よりも凄まじいスピードが出ますね。近代人は限界とかリミテーションなど簡単に口にしていますが、特殊部隊の訓練になると重装備のままで立てなくなる迄走らされるのです。鬼教官はジープに乗って大声で罵声を浴びせて速く走ることを催促します。
 スポーツの世界もこのようですが、マラソン選手は毎日のように走り込むようですね。女性選手なんかはあまりの厳しい練習で男性みたいな腹筋が付き、生理が来ない時も全然珍しくないです。これも一つの潜在能力を引っ張り出す方法ですが、この方法ですべての人間に通じることはありません。人によっては攻めれば攻める程手足が硬直し動きが鈍くなるし、そして精神的な圧力によって勝てる試合も負けてしまいますね。銀代スポーツでは精神面の管理がかなりのシステム化の下で管理されていますが、思わぬ出来事で精神面が崩れることも稀ではありません。例えば、子供が自然に望んでいるのに、親が大き声で自分の子供の名前を口にしながら応援すると、心理学的では試合で負ける大きな原因として挙げられています。体操の試合でも精神面の強い方は常に勝てるようですね。
 ただ、古典哲学的な発想から来た太極拳というものはじつに世間の色々な拳法や健康法(太極拳は武道と健康法に兼ねる)とは根本から違った異色的なものであります。勿論、その修練法も異色的であることが常識のはずです。「以慢打快、無力打有力、四両抜千斤」は本来なら誰に聞いても不可能ですね。というか非現実的ですよね。自分も師呉英華、師馬岳梁に出会う前に理解しませんでした。若き沈剛も色々な人と下手な推手交流を沢山していましたが、およそ力勝負で自分が重労働で培った怪力で多くの人を飛ばしたことがありますが、師馬岳梁の手元に入ると不自然に足が浮きましたね。というよりも常に重心が不安定です。このような大きな悩みを抱えながら師の相談を持ち掛けたのですが、馬師は「太極陰陽顛倒解」の中の火と水と鍋の話しを何回も繰り返し説明してくれましたし、道教太極拳重心の厳しさや、「双重」という病の説明であっという間に数時間も経過していましたね。でも、いまだに思い出すとまるで昨日のような出来事ですが、これはおそらく私も現在、常に研究会の学生達に偉そうに当時の馬師より仕入れた理論を皆に教えているからでしょうね。今日の太極学生達を見ていると鏡で過去自分を見ているような感覚でありますね。なんというちっぽけな人間でしょう。
 少しは結論的かつ理論的な話しになるとおよそこのような話なら四方山読者の皆様に分かち合うことが可能です。
 太極は芸術的な文化遺産であり、その重心の取り方もかなり異色的であります。もはや、太極家元で説明している重心とは、実はかなり不安定その物であります。太極家元は敢えて大胆に子供に非常に不安定な重心をとりながら、太極拳練習に臨んでいくことは、「双重」という病から身を守ることであり、踵一点の重心だっと体が常に高度な機敏性でもって、外界から僅かな微少な動きを捉えつつ対処出来る訓練にもなります。そして、もう一点ですが体を極限柔らかい状態へ持っていく方法は、体を出来る限り伸ばして、捻って、曲げていくことです。太極芸術は正反対の芸術ですね。極める硬さがなければ極限の軟らかさもないはすです。

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