旧 太極拳よもやま話

大鍋飯

2013年8月31日

連日、共産中国支配下の社会運営や武術運営、伝統功夫に扱い方について述べてきましたが、政治的なことを意識的に言及しているつもりがありません。私は現在、日本国永住権を取得していますが、例え帰化しても私があまり中国のことを色々と口にするといつ災いが降ってくるのかはわかりません。文学的に優れていない私ですので、数年前に芥川賞を受賞した中国人小説家のように政治的な話しをまさにその小説の名前のように滲ませながら、中国の当時の政治状況を描くことは些か難しいです。ああ、日本語をもう少し頑張れば良かったですね。
 今日の中国語の言葉ですが、こう今の中国人も理解出来ないような気がします。当時、中国社会では誰も貧しいがご飯は食べられることで、改革開放の後にこのような皆が積極的に働かなくても、最低水準の生活が保証されていることを「大鍋飯」を食うという言い回しになります。これなら食べる者が沢山いて、働く者が少なく、国全体が駄目になっても仕方がないですね。毛沢東時代の中国は平均レベルを重んじて、民全員が最低レベルに合わせられていました。資本家の家財を没収したのもこの発想から来ています。日本の戦後で一度全国民に対して90%の税金を徴収したことがあったようですが、中国の家財没収は資本家の身分の怪しい人間に限りました。でも、このような平均主義で沢山の怠け者を世に送り出し、社会の進歩の大きな妨げになっていました。
 後に改革開放を打ち出して、平均主義を無くしたのが鄧小平氏でした。
 ただ、共産中国の初頭から70年代末期までの30年間の間に平均主義は国民収入や勤務体制のみではなく、色々な社会の側面に迄その悪い影響を及ばしています。最低限度という共産的考えで確かに、国民の皆は国民党資本主義時代より多くの活動に携わることが可能になったことはよいですが、考えてみると共産中国が考えている平均主義は道教の「中庸の道」とは異なり、常に下からぎりぎりのラインのことに過ぎません。これは当時の中国共産党の政策の悪影響にせいでもありました。文化革命で金銭が資本主義として批判し、学問は権威主義で文化遺産は新しい時代に相応しくないし当時の中国は歴史上にも例が見ない程、凋落したに違いがありません。
 そして、人民共和国の初頭に「簡化太極拳」が北京体育大学の研究下で、平均主義の一つの形として国民に提供されました。勿論、当時は伝統拳をやること自体が危なかったのです。古臭い旧文化ですから・・・。但し、当時の北京体育大学の在校生は学問や実力で入学したのではなく、各会社(すべて公立)の推薦でしかも共産党員暦が何年とかで大学への入学が許されます。勿論、大学での研究の殆どは「毛沢東思想」でした。このような方々が伝統太極拳を端折って、所々休憩を入れながら編集したのが所謂「簡化太極拳」ですね。後にそれが発展し今日の「競技太極拳」に昇格したのです。1950年代に師呉英華も一般の方の為に呉式太極拳30式を作ったのですが、当時は多くの一般人が呉師と接することさえ恐れていた為、かなり敬遠されていました。
 このようにして、1976年に日中友好が成立しました。
 「大鍋飯」的平均主義の下で出来た低レベルの太極拳が日本独特な資本主義商売法である連盟法にぴったり一致したのが偶然のまた偶然でありましょう・・・。

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